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TOKYO CULTURE STORY が完全に無理


TOKYO CULTURE STORY|今夜はブギー・バック(smooth rap) in 40 YEARS OF TOKYO FASHION & MUSIC|presented by BEAMS

例えば、最近の渋谷系バイバルブームは当時渋谷系に夢中だった人がそれぞれのメディアの中で力を持ってきただけ、という話を度々耳にする。これはその最たるもので、それ以上でも以下でもない。

この動画の狙い自体はイヤというほど伝わってきて、すごい精度で達成できているように見える(だからこそイラっとする)。ただ、きっちり作り込まれているぶん余白がなくて、観ていると、ここで取り上げられている以外のものは一切存在しなかった、という印象ばかりが強くなる。最後まで観て、なんでこんな傲慢なことができるんだろう…と思った。古代中国では滅ぼした国の歴史書などは処分してなかったことにするのが通例だった、という話を思い出した。今まさに同じことが起きているのかも知れない。言い過ぎであってほしい。

それから、ミュージシャンのチョイスがかなり厳しい。すでにある程度評価が決まっているであろう90年代までは「正解」のようにも見えるけど、2000年代に入ったあたりから急に「単に担当者の好きなミュージシャンを呼んだだけじゃないの」という感じになる。ナカコーとフルカワミキにまずちょっと違和感があるし、この文脈で初音ミクが出てくるのはとってつけた感しかない。よその手柄を何でもかんでも自分たちのものにするんじゃないよ。チームしゃちほこには「本当はももクロに出てほしかったのかな」と邪推してしまい、最後の YONCE で盛大に腰をぬかす。ちょっと、さすがにそれは…安易すぎでは?00年代以降はまだ総括されていない(あるいは、そんなことができないくらい分断されているのなも)と私は思っている。だから、自分たちの考えた歴史を提示するためにどんなミュージシャンを選ぶのか、というのはこの動画ですごく重要なこと。それなのにこんなおざなりでなんの主張も見えてこないものでいいんだろうか。少なくともおもしろくはない。もちろん、個々のミュージシャンについては何もないです。

全体を貫く音楽が「今夜はブギー・バック」というのも納得いかない。ファッションには疎いので間違っているかも知れないけど、ここで取り上げられている先鋭的なファッションを楽しんでいた人たちは当時「今夜はブギー・バック」を聴いていない気がする。ここにはなんの批評性もなくて、「どうせみんな好きでしょ」くらいの理由で雑に選ばれたようにしか思えない。

結論としてはタイトルの通りで、全然よくなかった。むしろ、自分がこれまで生きてきて、その過程で好きになったものがあんまり出てこなくてよかったな、と思ってしまった。とか言いつつブギー・バックは大好きなので、だからよけいに残念。

以上、埼玉からお届けしました。