あっ この感じは覚えていたい

いま読むべき唯一のブログ

生活はただ生活として

3月4日(月)。雨。

雨が降ると季節がひとつ進む気がするから嫌いじゃないって書いたけど、二日連続はだめ。

二日目の雨のせいでさっぱり気が乗らなくて、部屋の片付けを始める。なんとなくチョーシのよい感じがあったが、ひと段落して部屋を見渡してみればなんてことはない、畳に積まれた書籍の塔が端に追いやられ、数が減り、その分ひとつひとつの高さが増しただけであった。

昼頃にポ太郎さんから手紙が届いた。

potarium.hateblo.jp

ポ太郎さんのはてなブログ、かなり好きな感じである。その人が「生きている」ことの伝わってくる、生活についての文章を好きになりがち。昨今ではすっかりいろんな文脈と結び付けて用いられるようになった、「生活」という言葉。うまく言えないんだけど、何かと関連づけたり珍妙な形容をしたりする必要はなくて、生活はただ生活として独立しているのが、本当のあり方なんじゃないかと思う。

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(芥見下々『呪術廻戦』第37話 京都姉妹校交流会 -団体戦④- より)

「生きている」ことを、こんな風に言うこともできる、気がする。ポ太郎さんはまさに全身全霊でこの世界に存在しようとしてい(るように見え)て、だから好きな感じなのかも。

かつて夢中になっていたバンドの代表曲に「生活はできそう? それはまだ」という歌詞があるんだけど、そういうことじゃないんだよなと思ってしまった。そしたら、もう、あんまり聴くこともなさそうだ。それはちょっと残念ではあるけど、やっとチャンスがきたみたいだし、その先に進むよ、ぼくは(試しに一人称を「ぼく」にしてみている)。