やさしい力はどこにある

いま読むべき唯一のブログ

I want a perfect soul

1月20日(日)。晴れ。

楽しかった昨日の反動か、まったく動けなかった。外はよい天気で、あんまり風もなさそう。こんな日にあえて布団にくるまってまどろむのは格別に良い。寝ることが好き、という人の好きな睡眠シチュエーションはこういうのなんだろうな。

布団の中でJames Blakeの新作を聴く。仲のよい友だちの何人かがSNSに「聴いてたら仕事辞めたくなった」と投稿していて興味があったから。それから、先週、kygさん(ニシーさんって呼んだ方がいいのかな)との占いのあとの雑談を経て、なんとなく、今なら海外の音楽も素直に聴けるのではないかと思ったことも大きい。音楽の感想の語りづらさやその乗り越え方、知識量を競うことの無意味さ、昔がんばってRadioheadを聴いてみようとしたがなじまなかったこと、『Creep』はヤバい、自分を曲げなかったことで得たもの。"雑" 談ゆえにあちこちへと移り変わる話題が、方向を変えるたびに熱を帯びていった。たぶんこれがグルーヴってやつ。

James Blake、最終的に仕事を辞めたいどころか人生を終えたいような境地に至った。願わくば今日のような陽光に包まれた中でたくさんの人々に見送られて逝きたいが、まだまだ生きてもいたい(そして安い韻を踏みたくはない)。引き続きまどろみながら、昨日考えたことを掘り下げてみる。

慎重に取り扱わないといけなさそうで、誤解を恐れながら言うけど、異性の友だちといるほうが気が楽だなと思うことがたびたびあった。それについて今まで深く考えはしなかったんだけど、マウントを取られることが(滅多に)ないからなんじゃないか。もちろん、そうしてくる女性もこの世界にはたくさんいるだろうし、そんなことをしない男性の友人が自分にはたくさんいるので、大雑把な言い方はしたくないのだけれど。

osicoman.hatenablog.com

無邪気にこんなことを言ってしまったが、ふと「無意識のうちに異性にマウントを取っているからこそ(相手はともかく、自分は)気が楽だと思っていられるのではないか」という考えが頭をよぎった。自覚はないが、ない故の危うさもあり得る。己の身の潔白を証明する術はない。せめて誠実に生きよう、と改めて思った。それから、考えすぎだとも思った。狂ってしまいそうだ。

結局ずっと家から出ず、ドラゴンクエストライバルズの大会中継を眺めたり万年筆を洗ってインクを詰め替えたり、ノートにポケモンのシールを貼ったりしていたらあっという間に夜になっていた。

毎週日曜22時からNHK-FMで放送中の「サウンドクリエイターズ・ファイル」。今月はおれの大好きなGRAPEVINEが、各メンバーのルーツとなった音楽をかけたり、自身のキャリアを振り返ったり、来月に発売されるニューアルバムに収録される曲を一足先に流したりしている。

今夜の放送ではバンドが誇る大名曲「望みの彼方」が流れた。涙腺がバカになっているので、番組を聴いているらしい人たちがツイッターで思い思いの反応をしているのを見るだけで感極まってしまう。

GRAPEVINEを聴き続けることで得たものについて書きたいという想いは昔からあるが、それは機会を改めたい。番組の最後にかかった「弁天」という新曲は、しっかりと歌詞を聞き取れなかった部分も多いのだけれど、どうもここ数年で増えてきた社会や世界についての曲の系譜っぽくて、パーソナルな世界を歌った「望みの彼方」と対比すると、ずいぶん遠くへきたもんだ…という気持ちになる。時代の空気を封じ込めてこそのポップスではあるが、GRAPEVINEはそういうものとは一定の距離を保っているというか、それをわかりやすく表に出さないという印象が強かったから。歌ってもいいと思うようになったのもあるだろうし、歌わざるを得ないほどの世の中に見えているというのもあるのだろう。

ニューアルバム発売まであと2週間。もしおれがそれまでに死ぬようなことがあったら、他に何もいらないから墓前に供えてほしい。何で急にこんなこと言ったのか。生きるぞ。