かざした右手で時を止めろ

いま読むべき唯一のブログ

やさしい世界

1月19日(土)。晴れ。

マウントを取られたくないし取りたくない。

最近そのことについてよく考えている。

事の発端は、とある飲みの席で「おまえは俺と同じダメな側の人間だよな!」という態度で接してこられ、それに抵抗しようとする自分に気付いてしまうという体験にある。前者はマウントと聞いて一般的に想像するものとはちがうように見えるけど、その人が「勝手に用意した基準に照らして他人(おれ)を規定しようとした」ことはそこに含まれていると思ったし、抵抗して「いやいやおれはあんたが思うよりすごいんだぜ」的なことを考えてしまったのはストレートにそうで、どちらかというと後者によるダメージのほうがデカいかも知れない。自分自身、そういうことから距離を取っているつもりでいたのに、そんな風に考えてしまったことが。

今日は銀座でよいパフェを食べ、その後ジョナサンへ移動し、話が盛り上がっている人たちについていって刀剣乱舞の映画を観た。脈絡のなさを咎める人がいない、平和で愉快な1日だった。刀剣乱舞のことはほぼ何も知らなかったけど映画は楽しかったし、ごきげんである。

慎重に取り扱わないといけなさそうで、誤解を恐れながら言うけど、異性の友だちといるほうが気が楽だなと思うことがたびたびあった。それについて今まで深く考えはしなかったんだけど、マウントを取られることが(滅多に)ないからなんじゃないか。もちろん、そうしてくる女性もこの世界にはたくさんいるだろうし、そんなことをしない男性の友人が自分にはたくさんいるので、大雑把な言い方はしたくないのだけれど。「性別とかは関係なくてその人がどうかでしかないよね」という話に異論はないが、それとは別に自分の気持ちはきちんと掘り下げていく必要があると感じる。どうしてそう思ってしまっていたのか。

ごきげんなまま、帰りの電車でそんなようなことを考えていたら、少しずつごきげんさが減っていくように感じて、ちょっともったいなかった。内省はし得…なのかも知れないけど最近やりすぎてちょっとしんどい気持ちにもなる。バカになりたくてGRAPEVINEの福岡公演のチケットを買った。行ったことないんだよね、九州。