昼間の賑やかさの後遺症

いま読むべき唯一のブログ

蘇生のコストがめちゃくちゃ安い

2020年・第18週

4 月が終わる。

4月27日(月)

曇りからの雨、夜にはやんでいた。はず。毎週月曜は天気が悪いな。

ちょこちょこっと手直しをして、無事に原稿を提出。やったね。自分をねぎらうためにくだんのかつて推しラーメン屋だった店に行ってみるも、家に出るのが遅く 20 時で閉店とのこと。残念。料理をする気にはなれなかったので「サムライマック 炙り醤油風ダブル肉厚ビーフ」を買って帰る。これはひさびさのヒット「炙り醤油」に「風」とかないと思うんだけど、何がどう「風」なんだろう。

2 週間ぶりのジャンプ発売と外出自粛のストレスからか、今日の #ジャン談 はなんだか盛り上がった気がする。お祭り感があった。うっかりミスで、最初、わたしの音声が配信に乗っていなかったのだけど、それもお祭り感を ksk させた要因なのではないか。配信できていなかっただけで録音はバッチリなので、ポッドキャストでぜひチェックしてください😉

4月28日(火)

晴れ、午後ちょっと曇ってきたと思ったら雨、そんな予報だったっけ、と思っているうちにまた晴れ。転がすね〜。

連載原稿、担当編集氏の校正によって見違えるようによくなって感謝。前にも書いた気がするけど、直してもらった文章を受け取る時、「おれはもっとこんな風に書きたいのにどうして…!」的な気持ちに全然ならない。自分はそういうところでは我が強いタイプだと思っていたので意外に感じる。今週の『アクタージュ act-age』、星アリサの「この世界での戦い方を覚えなさいと言っているのよ」というセリフがしっくりくる。

Kindle ストアの仕組みよくわからんのだけど、1 日 1 回、アクセスするたび限定セールとか言って『シャーマンキング』の続きを 5 冊ずつおすすめしてくる。値段は変わらんのだけど、普段は 1% のポイントが 5% になる。べつにポイントのことなんてそんなに気にしてはいないが、1 日 5 冊は読書ペースとしてちょうどいい気がしていてそれで買っている。

10 万円で何を買う? という話を積極的にしていきたい。

日曜の夜ふかし(原稿が落ち着いたのは 27 時頃で、寝たのはさらにその 1 時間後とかだったと思う)が効いたのか、日付が変わってすぐに寝た。生活リズムを元に戻すためには一度めちゃくちゃにぶっ壊せばいい。

4月29日(水・祝)

晴れ。

かつて推しラーメン屋だった店に行った。内装も食器もぜんぶそのままで、頼んだつけ麺の味も、推しに近いものを感じた。たぶん麺は違う。スタッフの方、そこが推しラーメン屋だった頃にも働いているのを見かけたことがあったから、店を譲る前提で手伝ったりってことなんだろうな。まあ、直接聞いてみればいいんだけど、初めて行っていきなり前の店の話をするのは寒いっしょ。

缶ビールを片手に近くの公園へ。iPhone で『シャーマンキング』の続きを読みながら。蓮が殺されて、アイアンメイデンに生き返らせてもらおうとしている。全然忘れてたな、この辺のエピソードは。マタムネかっこいい。このあたりから作者の個性がばっこりと発揮されてきて、わたしは好きだけど、ついていけなくなる読者も増えてきた、気がする。

人生の指針になっている言葉がたくさん出てきて、読み返すのがめっちゃ楽しい。それだけじゃなくて、自分の民俗学的なものへの関心も絶対にこのマンガからきてるわ。おそるべし。「大事なことは心で決める」超好き。大事なことを心以外で決めるとろくなことにならない、これはガチ。

4月30日(木)

相変わらず Kindle ストアの仕組みはよくわかっていないが、どうやら限定セールは 1 日 1 回ではなく、一定の時間をおいてアクセスすれば発生するらしい。6 時間くらいあければいい気がする。それでまんまと、数度に分けて『シャーマンキング』の残りを最後まで購入して読み切った。

ジャンプに掲載された最終話、最後のコマのすみっこに🍊が描かれていて、それは「未完」とかかっている。実際、物語はラスボスのもとへ向かう途中、明日に備えて今日は寝るぞ! というタイミングで終わった(はず)。そのあとに刊行された「完全版」は🍊の続きが載るぞ、と話題になっていたのだけど、読んだことがなかった。

シャーマンキング』には、「巫力(ふりょく)」という、ドラゴンボールでいう戦闘力のような、キャラクターの強さを表す数値がある。ラスボス・ハオの巫力は 125 万で、他方、主人公たちはせいぜい数万程度。まともに戦っても勝てるわけがない、というのが物語中盤で早々に明かされる。覆しようのない圧倒的な戦力差をじゃあどうするの、というと、「心持ちでどうにかする」のだ。気の持ちよう次第でどうにでもなる、というのがこの作品を貫く思想としてあり、「大事なことは心で決める」という言葉で読者に提示される。この思想に基づいて、巫力に差があっても勝てたり、あるいは簡単に巫力が増加したりする。簡単に巫力を増やす方法は「死ぬ」ことで、このマンガでは蘇生のコストがめちゃくちゃ安い。

先に名前を挙げたドラゴンボールのような「バトルマンガのお約束」を終始かわし続けるような展開が続いた上での🍊であった。そんな感じなので、風呂敷を広げすぎてたたみようがなくなった、という評をよく目にしたけど、作者には、ある程度きちんと結末が見えていたんじゃないだろうか。話の展開の仕方がジャンプのアンケート至上主義と噛み合わずに🍊のまま連載終了となってしまっただけで。描き下ろされた続き/結末を読んでそんなことを思った。

「大事なことは心で決める」は自分が生きる上での大きな指針となっていた。たまに「無責任さ」のようなかたちで表れるので気を付けたいなとは思うんだけど。でも本当に「心で決める」のってたぶん難しいことだよね。知らんけど。

シャーマンキング』を支える思想として、「因果応報」とか「この世に善も悪もない」とかもある。きちんと考えてみたい。

5月1日(金)

明日を楽しみにしていたことしか覚えていない。何してたんだろうね。生きていたのは確か。

5月2日(土)

晴れ。最高気温、29 度とか言ってた。

髪を切りに電車に乗って出かけた。人はまばらだが、でかいスーツケースを転がす人がちらほらいる。旅行なのかなんなのか、行き先でのんびりできるといいなあと願う。この状況ではどこに行っても落ち着かなさそう。

以前に切ってから 1 ヶ月半くらいで、その時もそんなに短くはしなかったから、めちゃくちゃもっさりしていた。人に会わないなら散髪しなくても平気だよね、という人もこの世界にはいて、わからんでもないけど、今の自分には全然無理だった。けっこうばっさりいってもらった。いつもお願いしている美容師の方がこれまでは「彼氏」と呼んでいた人のことを「旦那」と言っていたのをわたしは聞き逃さなかったのだけれど、まあなんか野暮かなと思って特に言及はしなかった。

街に出ても、いつも行っているカフェや書店が休業していて、あんまりテンションが上がらない。ラーメン屋はやっていたりいなかったりである。テイクアウトメニューの提供はありがたいが、そこで食べたいんだよナァというのも正直なところ。やっているラーメン屋へ行き、いつものお店でコーヒー豆を買い、少しぶらぶらして、すぐに電車に乗って帰った。

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駅構内のリブロで売っていた『コロナの時代の僕ら』を行きつけのド(ドトール)で一気に読む。

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ビリヤードの例えはわかりやすく、また全体として、データに基づいた冷静さが読んでいて心地よかった。人類のために今は我慢しよう、みたいな話しぶりはあまりピンとこなかった。地球の話もあんまりだったが、人間の外出が減って空気がきれいになったとか、ビーチに人がいないからウミガメがめっちゃ産卵しにきてるとかいうニュースを見聞きすると、なるほどなと思う。極論だが、人類が滅びるのが地球にとってはいちばんいいんだろうな。

コロナの時代の僕ら

コロナの時代の僕ら

積極的に勧めるとまではいかないが、おもしろかったし、読むなら早い方がいいと思う。

自分の優先順位は、自分 > 親しい人 > 親しくはないが知っている人 > 地球環境 > 知らん人、だな。「親しくはないが知っている人」と「地球環境」は入れ替わるかも知れない。

近スー(近所のスーパー)で缶ビールがバカ売れしていて感動した。出かけられないなら家で飲酒するしかないんだな。

5月3日(日)

くもり。

このまま部屋でだらだらしているだけだと心が死んでしまう、それはいけない、ということで近スー(近所のスーパー)で適当なつまみなどを買い、近所の公園へ。レジャーシートを持っている。外で横。これは絶対にいつもそうなんだけど、公園に着いた途端に風が強くなる。わたしが一体何をしたというんだ。神よ。

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ピクニック的行為にウェットティッシュは欠かせないが、新型コロナウイルスが流行っているからだろう、売り切れだった。めんどくさい。あるいはピクニック需要がたくさんあって売り切れたのだろうか?

昨日、街に繰り出した時、客にマスクの着用をお願いする店が増えているのが気になった。マスクで感染を予防することはできない、というのは周知されている前提で話を進める。それでもマスクをつけるのはくしゃみなどで飛沫を飛ばしたりするのを避けるため、つまり他者に感染させないため、っていうことだと思うんだけど、それは別に適切に口を押さえればマスクをしなくてもいいはずだし、なんなんだろう。

そもそもマスクを持ってない。気付いたら使い捨てマスク 50 枚で 3000 円、がデフォルトの世界になっていた。ちょっと前まで 600 円くらいだったじゃん。絶対に買わないぞ。ぼったくり価格だとばかり思っていたのだが、その辺のドラッグストアでもふつうにそういう値段らしい。まあ、3000 円で安心が買えるならいいのかも知れない、例えその安心がまやかしであったとしても…。

今のところ、マスクをしていないことを理由に入店拒否されたことはないけど、近いうちにどこかで起きて、ツイッターで軽く炎上するんだろうなと思う。自分の身に降りかかったらどうしよう。おそろしい。現実的な選択肢としては、二度とその店には行かない、になるだろうな。バカじゃん、と思う。政府が配ったマスクを着ければいいだろ、とか言われたらめちゃくちゃ暴れちゃう。マスクの有無で差別されうる世界、目前に迫っているのでは。

そもそも、マスクについて予防効果はないが感染拡大の抑止には一定の効果がある、という話も、「マスク着用の良い点をしぶしぶ挙げるならば…」程度のことでしかないと感じていた。これは個人の印象なのでちがうかも知れないけど。

きちんと考えれば考えるほど、それ意味あるの? と感じることばかりに囲まれている気がしてしまう。いっそ発狂してしまいたい。