昼間の賑やかさの後遺症

いま読むべき唯一のブログ

5月に雨が続くと「もう梅雨じゃん」とか人は言いがち

2020 年・第 20 週

あんまり元気が出ない。

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5 月 11 日(月)

母親に「カーネーションの 1 本でも買ってこいや」と謎に煽られる。なんなんだ。

先週届いたフードプロセッサー開封。このままでは一生使わない気がして、小松菜・バナナ・パイナップルを買ってくる。スムージーのレシピを検索すると小松菜とバナナがよく出てくる。パイナップルを買うつもりはなかったけど、半額だったので。果物なら何を入れても成立するはず。

5 月 12 日(火)

昨日買った野菜や果物をフードプロセッサーにぶち込む。今日はぼくが初めて自分でスムージーをつくった記念すべき日。大いなる一歩を踏み出した。

スムージーのための野菜や果物、冷凍しておくのがいいんじゃないかと思ってフリーザーパックに詰めてみる。明日また試すのが楽しみ(毎日、朝に飲んでいるので)。

うれしい報告が 1 件。

ふと思いついて、いつもより少し粗めかつぬるめのお湯で淹れたコーヒーがめっちゃ理想的な塩梅に仕上がって感動。お湯の温度、大事なんだな、ちゃんと測るようにしようかな……。

5 月 13 日(水)

冷凍された素材から始めるスムージー、ちょっと冷たすぎた。少し時間をおき、とけかかったところで飲む。水を入れればいいじゃん、と飲み干してから気付く。明日やる。毎日ちょっとずつよくなっていく。

新型コロナウイルス感染拡大防止のために近ブッ(近所のブックオフ)の開店時間が 10 時から 11 時に変わっていた。『鬼滅の刃』を買い求めに。ワンチャン特装版もあるかなと探してみたが見る影もなく、なんとなくそもそも入荷していない気がする。っていうかブックオフで新刊を扱うようになったのっていつ頃からなんだろう。昔は漫画家が連名で意見広告を出したりしてたよね。

先月に注文していた指輪が届いて笑顔。 ginshinchu.com

チキンタツタが始まった。マクドナルド公式アプリのモバイルオーダーを試してみる。支払いまでアプリ内のフローで完結するの、よいですね。ちゃんとクーポンも使えるのがえらい。こういうのって、クーポンは対面での注文でしか使えない、みたいなことになりがちなイメージ。めんたいソースが思っていたよりしょっぱかった。

5 月 14 日(木)

対戦相手をディスらず、プレイ中に突然叫ばず、ホモソーシャルなノリに走らず、きちんとランクバトルで上位にランクインして結果を残しているポケモン実況者をついに見つけることができてうれしい。

緊急事態宣言が解除された街のレストランや温泉施設などの、営業再開に向けた取り組みの様子をテレビのニュースで見た。座席数を減らすのは感染拡大防止の観点からは有効なのだろうけど、以前と同じような売り上げは見込めなくなってしまうんだろうな。単価を上げるのもむずかしいだろうし、向こう数年は厳しい状況が続くか。

自分に関係のありそうな変化としては、予約しないと入れないお店が増えるんだろうな〜というのが最初に思い浮かんだ。その場の思いつきで突然行ってみるのは悪手かも。席が少ないのは落ち着いていいかも知れないし、逆に緊張してしまうかも知れない。なるべくたくさんお金を落としたいと考えて、外食の頻度が減りそう。ぼくがかつて愛した赤提灯系の居酒屋🏮はやっていけるのだろうか。

5 月 15 日(金)

書店でもライブハウスでもクラブでも、なんでもいいんだけど、思い入れのあるお店ってあんまり思い浮かばない。ひとつもないわけではない。場所だけでなく、そこにいる人を好きになればきっとそういう気持ちも湧くのだろうけど、基本的にはただの客でありたいので、なかなかそういうことにはならない。どちらかと言うとならないように振る舞う。

「◯◯に救われた」的なことを言ってみたいぜと昔から思っているが、自分にもなにかあるかなと考えるもさっぱり思い浮かばない。なんならぼくのことはずっとほったらかしてましたよね、という気持ちのほうが強い。具体的な憎悪の対象があるわけではないが、高校を卒業するくらいまで割と文化的には「無」っぽかったことが今の自分を突き動かしている感はかなりある。そう考えれば結果オーライではある。

極端なことを言うと、お店がなくなってもそこで働いている人たちが死ぬわけではないから、生きている限りなんとかなるっしょ、という気持ちでいてほしい。他者に押し付けていい考えではないことは承知の上だが。少なくとも自分はそう思っている。絶対に死んでなるものか。

Twitter で、たくさんの人が強行採決に反対している様子が見える。政治的な発言はやめろみたいなしょうもないことは全然思っていないけど、やっぱり違和感を拭えない。著名人らによるツイートがきっかけに、なんていうのが忘れられるくらいこれが当たり前の風景になる、その始まりに立ち会えているのなら素晴らしいこと。

5 月 16 日(土)

最近、妙に眠りが浅くてよくない。

間もなく雨が止む読みで傘をささずに外に出たが、一向にその気配はなく、むしろ微妙に雨脚は強くなる。ああ、腹が立つ、腹が立つ。

実はあるんじゃないかと思って雨ニモ負ケズにたどり着いたミスド、予想は外れてまだエコバッグは売っていなかった。

先週のエントリーに、はてなスターがついていなくて不思議(これを書いた時点での話)。自分は先週の日記がいまいちだったなんて 1 ミリも思っていないし、常に最高を更新していると確信している。

5 月 17 日(日)

早起きして、午前中のうちにビックカメラに駆け込む。先日購入したフィルムカメラで撮った写真の具合を確かめるために。

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仕上がりを待つ間、近くのベ(ベローチェ)で濱野ちひろ『聖なるズー』を読了。無償の愛を注ぐ対象が人間だろうが動物だろうが変わらないんだ、すごい、みたいな印象で読み進めていたのだけど、どんどん不穏になって、最終的には全然ちがうところに着地しておもしろかった。セクシュアリティーを後から選ぶことはできるのか、というのはこの本の隠れたテーマのひとつっぽい。自分はどうだろう。

聖なるズー

聖なるズー

ベは social distancing のために座席が少なくなっていた。使わないテーブルが端っこに積み重ねられていて、学校の掃除の時間みたいだった。

母に花を買って帰る。