昼間の賑やかさの後遺症

いま読むべき唯一のブログ

場を規定するコード

6月7日(金)。福岡旅行、2日目。今日は夜にやましんさんと会う予定があるのみ。自由。

8時くらいに目がさめる。ドミトリーでいっしょだった若い男ふたりは早々にチェックアウトしたっぽい。

昨晩、彼らは熱心にどこに行くか相談していた。太宰府天満宮、きになるけどけっこう遠いよな、と言っていて、心の中で同意した。夜中に戻ってきたぼくに対して「こんちは〜」と言ってきて、夜だが…と一瞬たじろいだが「こんにちは〜」と返した。交わした会話はそれだけ。

ベッドでゴロゴロしているうちに仕事のメールがきて、休暇のことは伝えてあるんだけど、まあ別にいいかと思って対応。きっと相手もすぐに返信が来るとは思ってなかったと思うのだけれど、こういうときにササっと返すのがおとなしぐさでしょ、というね。つまらない人間になってしまった気もするが、つまらないのは悪いことではないということもわかってきたからよいのである。簡単には回答できないことで少し困ったけど、ブラウザでDropboxにアクセスして乗り切る。便利な世の中〜。

やりとりを終え、準備をしてたらけっこう時間を食ってしまった。11時くらいに外に出て、天神へ行ってみる。お茶をし、とんこつラーメンを食べ、無印で化粧水を買う。本を読み、手紙を書き、近くの郵便局の窓口に持っていく。ご当地フォルムカードは買わなかった。いつもとちがう街でいつもと同じことをするのは、自分にあっている気がする。

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日が暮れてきた。約束の時間が近づいて、やましん(以下、敬称略とさせていただきます)の事務所へ向かう。駅から10分くらい歩く。少し行きすぎたことに気付いて、戻って、横断歩道を渡った先でトーニャハーディングが手を振っていてウケてしまう。山口で仕事をしていたとのこと。隣だし、と言っていて、山口が福岡の隣、という言い方に戸惑う。自分の頭の中にある日本地図と照らし合わせてみるも、辻褄が合わない。陸続きだったっけ…? でも別に陸続きでなくても隣と言っていいか、いや、でも例えば北海道の人は青森を隣と表現するだろうか、などと考えるが結論は出ない。埼玉県民が海にまつわるものごとについて考えるのはむずかしい。

やましんがシェアオフィスの他のメンバーを紹介してくれたり、トーニャさんはトーニャさんでおみやげに獺祭をプレゼントしていたりして、自分だけ完全にちがうノリじゃん…と少し面食らう。完全に遊びの気分だったので。シームレスにその場を規定するコードが変わる感覚。こういうのを避けるのが最近はすっかりうまくなってたな、ということに気付く。全然イヤではないし、ありがたいんですけどね。数年前にTABFでご挨拶だけしたことのある三迫さんと再会できてうれしかったし。今夜、もしやゆっくりお話できるのでは、とちょっと期待してたんだけど、明日から出張で東京とのことでまたの機械に持ち越し(約束したわけではないけど…)。

3人でアホほどとりかわを食べたのち、シェアオフィスのみなさんのいるところに混ぜてもらってシュッとしたワインバーへ。どこの馬の骨かもわからん人間に親しく接してくれるのは、本当に尊いことです…。

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楽しい時間はあっという間に終わる。終電の時間はすぎていたのでタクシーでゲストハウスへ戻る。

男性客は自分だけらしく、ドミトリーに誰もいない。快適に過ごせて最高! 廊下に誰かが吐いていて、それが片付け途中の状態で放置されていたこと以外は…。意味がわからない、一体なんなんだよ!