やさしい力はどこにある

いま読むべき唯一のブログ

好きに外で歌っていい

5月25日(土)。昼すぎ、大好きな池袋へ。ジュンク堂書店で『ニック・ランドと新反動主義 現代世界を覆う〈ダーク〉な思想』『プレイ・マターズ 遊び心の哲学』、それから『チェンソーマン』2巻を購入。どんどん本が積まれてゆく。カードオタクっぽい言い方をするならばスタックである。もうカードオタクではないけど…(足を洗いたい)。

ピクニック、あるいは外で横になる予定があり、南池袋公園に向かうもちょうど芝生の手入れをしていて入れずに草(もちろん、芝生だけに)。一行は代々木公園へと向かうのであった。あえて代々木で下りたら想像より全然遠くて裏目かと思ったが、緑の中を歩くのはいつだって気持ちいい。なんなら疲れれば疲れるほどに。

f:id:osicoman:20190525154849j:plain

インターネットで買物するときにぼくらは身体感覚を消失しがち、ということでこれまた想像より全然デカくてちょっと失敗した感もあるレジャーシートだったが、「外で横」という観点では絶対的な正解だった。幅が2メートルくらいあるので、靴を脱いで横になって、シートの外に足を投げ出す必要がない。これはすごいことだよ。

f:id:osicoman:20190525161749j:plain

ピントが合ってなくてもいいじゃない。

f:id:osicoman:20190525170756j:plain

気づけばすっかり日が伸びて、18時を過ぎてもまだ明るい。近くでよしむらひらくが歌っていることを思い出し、渋谷のなんかシャレたスポットへ向かう(名前を覚えられない)。SHIBUYA DESIGNERS MARKETというイベント。

(わかっていたけど)着いたらもう何曲か終わっていたんだけど、あんまりそういう細かいことを気にするような雰囲気ではないし、まあいいよね。活動を休止していい具合に力が抜けたのかな、なんだか以前に観たときよりも軽やかな印象。少しずつ日が暮れていく渋谷の街に、彼の歌声がとけていくのはふしぎな感じがした。途中のMCで「外で歌うのは気持ちいいですね、みんなも外で歌えばいいのに、どうしたら外で歌えるのかな」と話していた。それは間を埋めるためのちょっとした冗談だったのかも知れないけど、とても本質的なことにも思えた。本当は好きに外で歌っていいんだよな。

終わったあとにちょっと話ができた。「今度こそ飲みに行きましょう」「いや〜、なんかその機会がないまま一生こういう関係が続く気もしますね」というような会話をする。ぼくもちょっとそんな気はする。それもまたよし。突然言うけど、「それもまたよし」っていう言葉、けっこう気に入っていて過去にも何度か使ってます。よろ。

べつに誰にも告げずに行ったんだけど、思いがけずたくさんの友だちに会えたのもよかった。偶然なんだけど、それはライブがあったからこそ生じた偶然で、芸術ってそういうとこあるし、音楽は特にその力が強い。今の自分の交友関係のきっかけをひとつひとつ精査したら、たぶん音楽によるものがいちばん大きな割合を占めている。この話は前にもしたかも。

ひさしぶりにやなはると話す。「GRAPEVINEが好きな人たち、仲よくなりすぎですよ」と言われてウケてしまう。最近しみずやあーちゃんとよく遊んでいるからね…。一理ある。noteに書いてた埼玉の話めっちゃ好き(他の文章もだけど)、ということを伝えそびれたのでここに記しておきます。「埼玉のよさは与えられるものではなく、見出すものなのだ」。

note.mu

鳩くんやカトケン、くまこちゃんや横田さんと挨拶半分ふざけ半分みたいな会話を繰り広げつつ、ぬるっと買物フェーズへ移行。イカしたイヤリングを購入。めっかわである。夏場は華美でない無地のTシャツしか着たくないので、アクセサリーに派手さを担当してほしいってわけ。ところで「華美」って生徒手帳の校則のページでしか見ない言葉だと思いませんか?