やさしい力はどこにある

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真摯に生きていることの

3月16日(土)。曇り。雨。晴れ。

12時30分。新大久保に舞い降りたひろしは、その足でカフェアリエへで開催されるライブへ向かうのであった。

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オープニングアクトtanii さんはいっしょに鍋を囲んで同じ家で眠るくらいの仲だし、butaji はいちばん新しいアルバムをちゃんと Apple Music で聴いてきたし、しずくだうみはずっと前から好きだし、準備は万端。

順番に、かんたんに。

tanii a.k.a ミッスは鍋のあとに洗いものをしてるのを「効率厨」とか言われていじられていたのと同じ人とは思えない見事な演奏で、ひえ〜って感じ。電気的な増幅のない生の音だけだから(この日は全員そうだけど)、音源で聴くよりも言葉が耳につく。ずいぶんとロマンチストなんだなあと感心してしまったが、今さら彼のことをそう思うだなんて、ぼくは何もわかっちゃいなかったのかも。

「効率厨」

「言われていじられていた」っていうか、ぼくが言い出したんだけど。ごめんね!

butaji は自分にとっては最も未知な存在で、ある意味では今日いちばん楽しみにしていた人。月並みな言い方だけれど、声の説得力が笑っちゃうくらいすごくて、本当にこんな人っているんだ…みたいな気持ちになった。終盤で披露された『中央線』という新曲がとんでもなくよかった。ありふれた恋の歌のような静かな始まりと、「急げ 急げ 社会が変わる 世界が変わる/急げ 急げ 僕らも変わる 僕らも変わっていく」とまるで咆哮のような歌唱のダイナミズム。音源化が待ち遠しいし、ライブにだってまた行ってみたいと思った。あと、靴下がかわいかった。

最後はしずくだうみ。彼女の歌もまたすばらしくて、要するにみんな超よくてすごい時間だった。しずくださん(呼び方が定まらない)、壁に寄りかかって目を閉じて、顔は少し上を向いて歌っていたんだけど、それが何か憑いているように見えて、ある意味ゾッとするような雰囲気を纏っていた。誰かの気持ちを代弁する歌い手は現代のシャーマンなのだ、みたいな、こんな言い方はめちゃくちゃダサいのだけれど、仮にそういう風に言えるとして、今日のだうみちゃん(もうわざとさっきと違う呼び方をしている)は世界一やばいやつ。いや、うそ、やっぱダサすぎるのでなし、なしなし! すごい歌だったのは本当。途中、「私が大事に思っている場所はどんどんなくなる、そういう人生なのかな」と言っていたのが頭から離れない。でも、それは真摯に生きていることの証左だし、その代わりに、という言い方は少し違うと思うけれど、しずくだうみは「誰かにとっての大事な瞬間」をたくさん生み出してると思う。ぼくにとって今日がそうであるように…(と野暮さを厭わず全部言ってしまうんだよねえ、黙ってればいいのに)。

かんたんに済ませたかったのに、そんなでもなかった。

そのあとは新宿に移動して、7年くらい前からツイッターでフォローしてる人と初めて会う。やってることだけ見たら、ここ最近の自分が出会い厨みたいに思えてくるな…。想像してた通りだなと思うこともあれば全然そうでないこともあり、だからこそ人と話すのは楽しい。

夜は友だちが不定期に開いているお店で飲酒。

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最近の自分が人と会いまくっている理由、まだうまく言葉にできないし、いろんな要素が複雑に絡み合っていそうでそもそもきちんと言語化し得るものなのか分からないところもあるんだけど、敢えてわかりやすいものをひとつ挙げるなら、「味方を集める」ということは言えそう。そしてそれはかなり成功していると感じる。ありがたい話だね。

ごきげんでなによりである。