かざした右手で時を止めろ

いま読むべき唯一のブログ

めちゃくちゃ疲弊した

3月12日(火)。晴れ。風もなく、とてもおだやか。

仕事でめちゃくちゃ長文のメールが届いて、一瞬で心が無になった。むに。

長文といっても小さなトピックが複数あるタイプのもので、それぞれはなんてことのないものなのだけれど、そうであると認識するための読解をもう放棄したい、というような気持ちになってしまった。めちゃくちゃ疲弊した。でも、これで無理になって「うるせ〜!知らね〜!」みたいにならずに踏みとどまれること、そしてそれを自分で褒められるのがぼくのいいところ。1ミリもやれないわけではないんだけど、エネルギーの消費がハンパないので、向いていないんだなという感はかなりある。

夜はジャン談。引き続き東浩紀『ゆるく考える』を読んでいて、氏のいう「誤配」についての話をしたりした。といっても全体のほんの少しではあるが。

思いがけない何かに出会う可能性、というのは思い返してみればずっと大切にしていたことで、ジャン談(週刊少年ジャンプについて話すポッドキャストです)でフリートークと冠した雑談コーナーがあるのはジャンプの話を聞きにきた人がそれ以外のものに興味を持つきっかけになれたらいいなと思って始めたと言えなくもないし、逆にぼくや明日さんの人柄は知っているけどジャンプは別に読まない、という人の背中を押せたらいいなと思うし、osicomagazineだってそういうことだ(と、あのときにきちんと言語化できていなかったことも、5年も経てばさすがにわかってくる)。人付き合いにしたって、ひとつのコミュニティーに根を張るよりは、いろんなところに顔を出したい。

なんかまあ、そういう感じっすわ。

ゆるく考える

ゆるく考える