やさしい力はどこにある

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分担

2月1日(金)。晴れ。雪は降らなかったね。

仕事、タイミング悪くいろいろが重なってしまって、メールのやりとりをしているだけで1日が終わってしまった。ままならね〜。

2月は1月に考えたことを実践していきたいと思っていたんだけど、3月いっぱいくらいまではそんな余裕はなさそう…。それでもやるしかないと言われたらそうなんだけど、そういうのって実際かなり厳しいよね。おれはそれではやれない人の側に立ちたい。

「やりたいことじゃなくてやったことを言いなさい」とか「本当にやりたいと思っているならもうやっているはず」とか、そういう強者の論理に一方的にボコられるのはもううんざりで、かと言って「"やった"のハードルを低くして自分をほめてゆけ」って、すでに社会的に成功している人間に諭されたところでうるせえし知らねえ。そういう主張もこの世界には必要だとは思うし、それがきっかけで変われる人だっているんだろうけど、まだ何者でもなく決してうまくいっているわけでもなく、それでも自分なりに苦悩しながらもがく中で生まれたメッセージこそがほしいんだよ。それはべつに慰めでも足の引っ張り合いでもなくて、ただただそういう言葉や場所や作品なんかが必要な人だっていると思う。というか、ここに分類される人がいちばん多いと思うんだけど、これまで、あんまりフィットするものがなかった。

それで、じゃあ、おれがそれをやるぞ、って締めようと考えていたんだけど、それもちょっとちがう気がしている。この謙虚さはおれの魅力でもあり悪いところでもあるのだが…。「苦悩」の一例ではあるのかも。声高に何かを主張していたい訳でも、そういう人たちを先導/扇動したいわけでもないんだよな。自分勝手で、なかなかむずかしいことだとは思うんだけど、感じ取ってほしい、というのが正直なところ。

夜、遠路はるばる青森から親戚の子が来た。青森の中でもめちゃ雪が積もる地域に住んでるらしく、この季節に路面の凍っていない道路があることに感激し、声を上げながら思いっきり駆け出していくその純粋さがまぶしかった。ここで「彼女はまだ若いからなんでもやれる」みたいなとってつけたようなことを言わないのはおれのよさ。だれだってなんだってやれると思うよ。