唐木 元「新しい文章力の教室」を読んだ
「新しい文章力の教室」は、ポップカルチャーのニュースサイト「ナタリー」のマンガ部門「コミックナタリー」初代編集長、唐木 元の書いた本だ。ナタリー社内で新入社員向けに行われているトレーニングの内容が、全 5 章・77 項目にわたって紹介されている。ほとんどの項目は見開き 2 ページで簡潔にまとめられ、込み入った説明の必要なものでも 4 ページで完結しているため、細切れの時間に少しずつ読むのにも適している。それぞれの項目については、自分が普段から文章を書くときになんとなく意識しているものもあれば、まったく意識できていなかったようなプロならではのものもあり、とても参考になった。曖昧だったものがシンプルにまとまっているため、今後もずっと重宝していけると思う。
初めに良い文章とは「完読される文章」であると定義し、以降の項目はすべてこの原則に沿ったものになっている。こうすることで、文章がうまくなりたい初心者が迷うことなく訓練することができる。実際のところ、著者自身も認めているとおり、何をもってよい文章とするのかは「時と場合による」だろう。各項目の解説の中では、小説やエッセイなどについてはその限りではないと述べられることもある。ナタリーはニュースサイトであり、したがって本書に出てくる例文のほとんども「報道」であり、書かれている内容はその前提を踏まえた上での技術だ。しかし、報道だろうが小説だろうが、「完読」というゴールはすべての文章に共通している。他のジャンルの文章であれ、完読のための技術は等しく有用だ。総じて平易な文章の行間から、そんな熱意が伝わってくる。
第 1 章ではまず、どのように文章を組み立てていくかを解説している。書き始める前に必ず「テーマ」を設定し、「テーマ」のために「何を」「どれから」「どれくらい」話すのか決めることが大切で、それを 1 枚の紙で完結させる目的で考案された「構造シート」というものを紹介している。構造シートの詳細な記述方法は本書を手にとって確認してほしいが、簡単に言うと、1. 箇条書きで話題を集め、2. 集めた話題から主眼=テーマを設定し、3. テーマに沿って話題の順序を決める、という流れで進めていく。ナタリーの新人記者は、最初の 30 本程度は実際に紙とペンでこの構造シートを書いてから記事を執筆しているそうだ。
興味深いことに、文章のうまくなった記者は並行して他の業務もよくできるようになるという。それについて「ニュース記事もインタビューも、提案書もプレゼンもイベント企画も、実のところ作り方は一緒なので、一つやり方を覚えると他のことにも応用が利くということでしょう。(P.171)」と筆者は述べている。まさか文章の書き方について書かれた本でこんな話題が出てくるとは思っていなかったが、言われてみれば納得である。構造シートのように物事を個別の要素に分解していくのはタスク管理の基本だ。他の事柄に同様の考え方を適用することでうまくいくというのは想像に難くない。最後の第 5 章では、その適用例として、インタビューをするときに気をつけることや企画書、レビューの書き方、レイアウトを組むときの考え方などが紹介されている。
解説の中に散りばめられたさりげないユーモアにはナタリーらしさを感じた。それぞれの項目は、冒頭によくない例文とそれを修正したものが紹介され、後に解説が続くという構成である。第 4 章・51 項目めのテーマは「指示語は最小限に」というもの。「こそあど言葉」とも呼ばれる指示語は文章をコンパクトにしたいときに役に立つが、読み手はいちいちその指示語が何を指すのか判断しなければならなくなるので乱用は避けようという主旨で、至極真っ当な内容である。ひっかかったのは、例文だった。元となる文は「コレがナニでソレなのよ。」で、これだけでもちょっとおもしろいと思ってしまったのだが、その後の修正例に不覚にも少し笑った。ここには書かないので、どうか自分の目で確かめてほしい。残念ながら本書には、ユーモアについての記述は一切ない。この項目からは、己の力で磨くしかない、あるいは持って生まれなかった者が後からどうこうすることなどできないのだ、という言外のメッセージを受信した。
この文章の執筆にも「構造シート」を使った。「サビ頭」を意識し、文末のバリエーションに気を配り、係り受けの距離を近づけた。わからないことはひと言も書いていない。どれだけ推敲しても足りないように感じるが、68 点くらいは取れているだろうか。夢の 90 点越えを目指して、本書を片手に腕を磨いていきたい。
最後に、各章とその内容を転記した。ちょっとでもピンとくるものがあったら、ぜひ手に入れて読んでみてほしい。
新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング (できるビジネス)
- 作者: 唐木元
- 出版社/メーカー: インプレス
- 発売日: 2015/08/07
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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第 1 章 書く前に準備する
- 01 よい文章とは完読される文章である
- 02 完読される文章、完食されるラーメン
- 03 文章は目に見えている部分だけではない
- 04 必要なものは主眼と骨子
- 05 悩まず書くために「プラモデル」を用意する
- 06 書きたいことのパーツを揃える
- 07 文章の主眼をセットする
- 08 文章の骨子を立てる
- 09 「構造シート」で整理する
- 10 トレーニングで上達する
- 11 話題は主眼に沿って取捨選択する
- 12 基本の構成は「サビ頭」
- 13 構造シートをもとに書き始める
- 14 書けなくなったら
- 15 作文の完成度はロングテール
第 2 章 読み返して直す
- 16 文章は意味・字面・語呂の 3 つの見地で読み返す
- 17 推敲の第一歩は重複チェック
- 18 文節レベルの重複を解消する
- 19 文末のバリエーションに気を配る
- 20 自制を混在させて推進力を出す
- 21 文系や段落単位の重複に注意する
- 22 主語と述語を意識しながら構造に還元して読む
- 23 単文・重文・複文を理解して係り受けを整理する
- 24 読点で区切る
- 25 ひとつの文で欲張らない
- 26 漢字とかなのバランスに注意する
- 27 本来の意味から離れた漢字はかなに開く
- 28 誤植の頻発ポイントでは事実確認を厳重に
- 29 修正したら必ず冒頭から読み返す
第 3 章 もっと明快に
- 30 身も蓋もないくらいがちょうどいい
- 31 余計な単語を削ってみる
- 32 余計なことを言っていないか
- 33 「が」や「で」で文章をだらだらとつなげない
- 34 翻訳文体にご用心
- 35 濁し言葉を取る勇気を
- 36 伝聞表現は腰を弱くする
- 37 複雑な係り受けは適度に分割する
- 38 係り受けの距離を近づける
- 39 修飾語句は大きく長い順に
- 40 属性を問う主語は「こと」で受ける
- 41 受動と能動をはっきり意識する
- 42 おまとめ述語にご用心
- 43 情報を列挙するときは語句のレベルを合わせる
- 44 列挙の「と」「や」は最初に置く
- 45 並列の「たり」は省略しない
- 46 主語の「は」と「が」の使い分け
- 47 時間にまつわる言葉は「点」か「線」かに留意する
第 4 章 もっとスムーズに
- 48 スピード感をコントロールする
- 49 体言止めは読者に負担を与える
- 50 行きすぎた名詞化はぶっきらぼうさを生む
- 51 指示語は最小限に
- 52 「今作」「当サイト」…指示語もどきにご用心
- 53 一般性のない言葉を説明抜きに使わない
- 54 わからないことはひと言でも書いてはいけない
- 55 「企画」「作品」…ボンヤリワードにご用心
- 56 「らしさ」「ならでは」には客観的根拠を添えること
- 57 トートロジーは子供っぽさを呼び込む
- 58 文頭一語目に続く読点は頭の悪そうな印象を与える
- 59 約物の使いすぎは下品さの元
- 60 丸かっこの補足は慎み深さとともに
- 61 可能表現に頼らない
- 62 便利な「こと」「もの」は減らす努力を
- 63 なんとなくのつなぎ言葉を使わない
第 5 章 読んでもらう工夫
- 64 具体的なエピソードを書く
- 65 主観の押し付けは読者を白けさせる
- 66 人物名で始めると目を引きやすい
- 67 あえて閉じた言葉で読者との距離を縮める
- 68 名詞と呼応する動詞を選ぶとこなれ感が出る
- 69 数字を入れると具体性が増す
- 70 タイトルは切り口の提示から
- 71 記事単位の重複に注意する
- 72 インタビューの基本は「同意」と「深堀り」
- 73 感想文やレビューを書くには
- 74 長い文章を書くには
- 75 企画書を書くには
- 76 レイアウトの考え方
- 77 すべてのルールは絶対ではない