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ここに雨を降らしてよ

いま読むべき唯一のブログ

好きな店が閉店してもあんまり気にしない

ちょっと前に、「いい店がつぶれるのはあなたが行かなくなったからだ」という記事が話題になっていた。べつにこの主張そのものはまったく目新しいものではない。自分も昔はなんとなく同意していたけど、それはもう、過去の話。

本当にそうなの?あなたって誰のこと?俺?俺のせいなの?俺ひとりのせいなの?

例えば、いい感じのカフェがあったとして、月に売り上げが50万あれば続けられるとする(実際は全然むずかしい数字だと思うけど)。コーヒーが1杯500円だとしたら、1000杯注文しないといけない。俺が?ひとりで?そんなお金ないし、あっても飲めない。

それから、これを真に受けると、自分の好きな店がなくなる度「自分が行かなかったからだ…」と罪の意識に苛まれることになる。そんな風に思ってしまうくらいなら、もう街に出かけない!ずっと家にいる!買い物はどこにでもあるチェーン店でだけします!

というのは極論だけど、でもこの主張はやっぱり間違っていると思う。「あなたが」じゃなくて「みんなが」のほうが適切。自分ひとりでどうにかできることなんてたかが知れてる。

こういう話を何度も見るうちに、いつの間にか「買い支える」という発想自体を煩わしく思うようになってしまった。そんな曖昧な概念に振り回されるくらいなら、例えば「今週コーヒーがあと100杯売れれば来月もやっていけます」とか「文庫本が200冊売れたら年を越せます」とかはっきり言ってくれた方がよっぽど健全に思える。もちろん、そういうことをしない美学はあるだろうけど、困ってるときに困ってるって言ってくれたら、その店が好きな人は多分お金を落としてくれる気がするし、言ってくれないと何もできない。もしなにも知らないまま閉店して、それで「行かなかったあなたが悪い」なんてのは、ちょっと厳しい。

この「あなたのせいだ」っていう物言いは投票の話と似ていて、だから煩わしく感じるんだろうな。選挙と同じだとしたら、そりゃなおさら「自分ひとりじゃどうにもならない問題だよな」だ。自分の中で超納得してしまったので、この話は終わり。

あと、話は終わったからこれは余談だけど、もし好きで通っていた店が閉店したあと、「君があんまり来なかったからだよ」って言われたら超イヤだな。